SF・アクション・ファンタジー・空想物語などの主人公は何かしらの奇怪な力を持っていたり、周りが奇怪な力なり不思議な現象にやらへと巻き込まれることで成り立つのだと思っている。確かに自分自身で自覚してなくとも、物語に訳のわからないまま己だけを取り込まれることはあるかもしれないが、決してその部類には入らないとする。いや、物語をはじめる上で仮定ではなく結論としてこの事実を語ろう。  果ても無くこんなことを語っていても何の意味も無く、書き手にとっては『引き』という技なのだろうが、いいかげん本編でもはじめろ、とでも言われそうなほども書いてない今はこんなことを論じてもなんの説得力もないだろう。    それではもうお気づき――いや、すでにそれを期待されていることを期待しているのだが――俺は現世ではありえない、なんとも奇怪な現象に直面していた。   ダイイチ  朝起きれないのは哲学だと思う。  人間は日が昇ると同時に活動を開始し、日が沈むと同時に睡眠に就くというのが本来の人間の姿に対し、この頃の人間は、朝、日が昇ったらとりあえず起きて、とりあえず活動して、日が沈むと本格的に活動し、日付が変わったところで寝静まるというようなものである。     それは起きられないのも道理であろう。と、親に抗議を申し出たところ、あっさりと『そんなこと言ってないでさっさと顔洗ってきなさい』スルーである。  まあ、抗議は断念したものの今度は陽菜に申し出て同意を求め、同伴で結衣に抗議した。  結果は惨敗。『なら早く寝なさい』と一蹴されてしまった。それでも俺はこの哲学を信じているわけだが。  さてさて、何人くらいがこの哲学に同意することが出来るのだろうか、気になるところである。  と、よく朝っぱらのだるい頭でそんなこと考えられるな、と思う。意外と朝には現実逃避が得意なのかもしれない。  ふと、いつものように自室の天井を眺め、さあ二度寝しよう、思い、気付く。体の節々が痛い訳ではないのだが寝ずれたのだろうか、疲労のような感覚が身体にあった。しかし、それ以外何も変わらなく、昨日夜遅くまでベッドの中で本を読んでたのだからそれくらいの事があってもしょうがないか、と頭の中に引っ掛かる思考を捨て去り、十数年間続けてきた朝の動作を今日も繰り返す。いつもと変わらない毎日。頭の中ではそう認識していた。  しかし世界は動いてしまう、何があろうと。  いつもどうり登校の道を行く。俺は遅刻するような時刻に家をでることもなく、平均的な頭の悪い男子学生の登校時間とそう変わらない時間に学校にたどり着く。入学したばかりの頃は学校までの道のりをどうにか短くしようと、近道を駆逐したりするのだが、結局学校指定の通学路が一番近かったりして無駄足に終った記憶がある。先輩達も俺と同じ事をやって同じ結論にたどり着くのだろうなと、辺りを見回す。やはりこの道が一番早いと判ってか、皆、この道を歩いていた。    そうこうと考えているうちに学校に到着する。  そして、下駄箱を開けると、ようやくこの世界の異変に遭遇する事となった。  ところで、……決して俺はもてる訳ではない。しかし下駄箱の中にファンシーなレターセットが入っていたら誰でも期待くらいはしてしまうものである。そうだよな? 自惚れてるとか言われても皆期待というものはしてしまうのさ。  まあ、その手紙が入っていたわけだが。例のごとくファンシーなレターセットで。  さっそく周囲の視線に見つからぬように胸ポケットに仕舞い、平装う様に男子トイレへ急行。かばんも置かずに個室へ入るというのはなんかおかしいような気がするが――今はどうでもいい。    と、トイレに入って一息。落ち着いて考えてみればこれは罠なのでは? と思う。陽菜ならこんな事朝飯前にいっちょかましてそうだし。他の誰かがいたずらで入れた可能性もある。  となると、下駄箱で監視されていたか?  と、手の内に転がされた感賞を覚えなくも無く、ラブレターとも定かではない紙切れについて考え込む。  いや、もう個室に入ってる時点で手遅れだろうが。よっぽど慌てていたのか、ここに来るまでさっぱり思い当たらなかった。  もう一度手紙をみる。昨日の時点ではない手紙。宛名のない手紙。何か手がかりはないかと思い、匂いを嗅ぎそうになる。  俺変態じゃないか……。  結局あけてみないことには事が進まず、とりあえず封を開ける。やはりファンシーな手紙で、こう書いてあった。 『今日の3時、新教育棟屋上の踊り場に来てください。』  まるっこいことで判る。女の字体だろう。見たこともないような気もしなくはないが、ピンとくる字体ではなかった。やはり宛名はなく、差出人はドジッコなのか……いや、業とだろうか。もし陽菜の事だったらやりそうだが……。   そして、三時。学校の時間編成を思い出してみる。六時限目と七時限目の間の十分休みであろう。  しかし時間という問題がある。新教育棟とは西校舎、旧校舎、東校舎、の学び舎郡とは別の主に文化部や会議室、小ホールなどが備わっている棟のことだ。新とつくからに旧もあるのは道理なのだが、なぜか無く、旧教育等と合併したことになってるようだ。ややこしい。2年前に理事長の財閥より援助金が出たため、よりいっそう部活に励むようにと無駄に出来た新しい校舎なのだが、やはり部活なんて作りたいというエンターな人はそうそう居らず、むしろ野球グランドを一つ潰したため、硬球野球・軟球野球・ソフトボール部からは批判されまくったうえ、一年の教室からは対角の点のように一番遠く、あまり好評はされていない。好評されないからに好んで部室に選んだり、専科移動教室に選ばれたりしないので呼び出しスポットとしては絶好なのだが、往復すると走って五分、歩けば十分はかかろうかというくらいだ。休み時間は十分。次の授業がアウトになる。しかし長引く話じゃないからなのかもしれない。  ともかくトイレからは出て有力な手紙主に確認する事にした。  しかし、一番の有力であった陽菜説は呆気なく崩壊した。  現在の時刻は八時二五分。朝のホームルームが始まる五分前であり、予鈴が鳴った五分後である。しかし陽菜はこの学校に来てから一度も予鈴を聞いたことがないのではないかと思うくらいの時刻に登校して来るのである。  今日も例外ではなく、現にまだ教室には陽菜の姿が見られず、さらに窓から校門を見下ろすとピロティ―に走ってくる陽菜の姿が見えた。――時間にリーズナブルだと褒めればいいのか咎めればいいのか分からないね。  さすがに陽菜でも二度学校に来るとは思えない。前日も同様、陽菜は聖地で限定商品のイベントがあるとかで先に帰ってしまった。  次に有力なのは……、  ――虚しくなってくる。手紙をくれそうな女子がさっぱり思いつかないなんて。  しかし告白とも分からない手紙にそう勘ぐる必要はない。暇つぶしがてらに行って帰ってくればいいのだ。とでも期待している心に言い訳でもしてみる。……まあ脳内シミュレーションだけは怠らないようにしておくとするが。    文章の通達というのは語弊を呼ぶことが少ないと言うが、本当だろうか。必要最低限の情報だけ渡されても『何のために?』や『誰が?』などと聞きたいことは山々に連なり、年頃の少年の心を弄ぶのである。迷惑この上ない。  そんな年頃の悩みをぼやきながらシャーペンを回す。ソニックリバース。  やがて陽菜が各話題で盛り上がってる騒がしい教室に入ってきた。この時間に入ってくるのは先生かこいつだけなので、皆先生かと思って振り向いてしまう。 「っはよ」と簡略化した挨拶めいたものをクラスメイトの皆に振る舞い後ろの席に着く。  いつもとかわらない。 「顔になにかついてる?」  と陽菜が定型文句。 「いいや」  短く返答して前へ向き直るとチャイムが鳴り、同時に担任である新米の先生が入ってきて、クラスメイトはだんだん静かになる。  そして、俺が一時間目の授業が何かを思い出そうとしていたり、今日の手紙の差出人について考えていると、朝の決まり文句を言い終えた先生が軽快に教室から立ち去り、また騒がしい教室となった。 「なんかあったの?」  後ろからの声と同時に、シャーペンで学蘭を貫通するような勢いでぶっ刺された。 「痛い」  振り向かずに反応をする。 「目覚めの悪い前の席の人に新しい刺激を挙げようっていう良心からの行動だよ」 「毎日やってるくせに何が新しい刺激だ」  あいかわらずの陽菜の行動に倦怠感を抱きながらも少し考える。ここまで自然に振舞われるとなにか引っ掛かるとがある。気のせいだと思うが。 「次の授業ってなんだ?」 「国語の分割授業じゃなかった?」  見渡すと四分の一ほどが既に教室から出て行っている。俺達はこのまま教室に残り授業を受ける事になっている。  この学校のシステムで選択式と別に、前半と後半に別れる授業がたまにある。  急いでロッカーへ教科書を取りに行き。席に戻ると少ししてチャイムが鳴り、先生が入ってくる。    俺が知っている、日常的だ。    授業がはじまってまもなく、ろくに先生の話も聞かず、かといって寝るには早いこの時間。ふとした異変が突然やってきた。  おかしい。妙な頭痛に襲われている。軽く頭を振ってみが、さっぱりかわらない。頭頂部からじわじわと痛み出すような感覚である。しかも、これにデジャヴを感じた――いや、脳から直接告げられているような感覚だ。この痛みは知っている、つい最近に味わったばかりだと。  どんどん痛みが増していき顔色が青くなっていくのが自分でも分かる。先生に保健室へ行かせてもらおうか――と、残りの授業の時間を見る。八時五五分――ちょい前か。四〇分に始まり、まだ十五分しか経っていない。  このままでは倒れてしまう。そう考え、先生に言おうと口を動かす。――しかし、なにかにはばかられるように……声が出ない。  おかしい。もう一度考えてみる。なぜだ? 今日は朝から様子がおかしい。  やがて痛みも耐えられなくなってくる。これはただの貧血や脳震盪ではない。どこからとも無く沸いてくる痛みの塊だ。特別、ナルコスプシーや雹笠病という訳ではないし、幻痛や狭心病もない。  だんだん身体も動かなくなってきた。おかしい。なにがおかしいか? おかしいに決まっている、こんなの。とにかく、直感的に普通ではない事態だと告げられた。とうとう視界がぼやけていき、体の感覚が――痛みすらも――なにも感じなくなっていき、……腕で支えていた顔が机に落ちる。ごん。と、  そして、なにも感じなくなった。      だい2  最後に聞いた言葉はなんだっただろうか?  起きて最初に思ったことはそれであった。  頭が朦朧としている。目の前は真っ暗な深黒で、しかし、それは目を瞑ってるからだと判る。少しずつ脳に入力されていく情報がはっきりしていった。さっきまでの記憶も戻っていき、自分が妙な頭痛に襲われ授業中に倒れたことを思い出した。しかし――  目に飛び込んでくる光景は、見慣れた自分の部屋の天井であった。  身体に異常は見られない。頭を振ったり手をかざしてみたり足をあげてみたりしたのだが……とくに異常は見られなかった。制服は着たままで、授業中倒れてからそのまま親にでも引き渡され、連れてこられたのだろうか、と考える。  しかし、となるとさっきまで寝ていたのだろうが、さっきまで寝ていた感覚がない。なぜだろうか、いつもベットからは30分くらいたっても起きれないというのに。どのくらい寝ていたのだろうか、というか寝ていたのだろうか。    とりあえず現在時刻を確認するため、自室の壁にかかっているアナログ時計を見ると……五時丁度だろうか、とりあえず午前と午後を雨戸を開けることにした。  ちなみに俺の部屋は西の窓が一つしかない。朝目覚めが悪いのは日が入ってこないせいかもしれない、とか思ってみたりする。雨戸を開けると、真っ暗だ。既に季節は春。午後ということはないだろう。  つまり、早朝五時。授業中倒れてから、ほぼ丸一日眠ってしまったことになる。  朝の五時となれば新聞も届けられている頃だろう。さっそく玄関の自宅ポストの中身を見る。するとやはり新聞がある。見慣れた朝刊だ。記事から目を離し上に書いてある日付を見る。  ……昨日の日付と同じ?    いや、正確にはさっきまで学校に居た日付と同じということになるか。日付と同じということは……。――考えてもさっぱり思いつかない。朝学校の机で倒れた訳で、どうしたものか、その日の早朝になってる。一言で片付けてしまえば、ありえない。アンビリーバボ。信じることができない。  あの時なぜ俺は倒れてしまったのだろうか。自分の体は至って健康体であり、今も健康体であることには変わりない。  そしてあの痛みはデジャヴがあった。既視感というより既痛感というべきなのかもしれない。  倒れたときの痛みを思い出そうとすれば、それこそさっきまであったみたいに痛みを明確に感じられるし、額に湿りが残ってる気すらする。つまり――、  夢か?  いや、それはない。あそこまでリアルな夢はいくら夢を見ることが少ない俺でも夢ではないと認識できるのだ。それに制服を着たまま寝ていたなんてことはない。昨日は帰ってきたら身支度を全て済ませた後、本を一冊読んでそのまま寝たのだ。  時間遡行か?  いやいや、それこそありえない。そんなことある訳がない。まだ夢遊病で着替えた、というほうが有力だ。俺にそんな奇怪な症状が現れたとでも考えられたほうがいい。いや、それもないかもしれないのだが。  なぞるように記憶を辿っていく。  ……たとえば時間遡行だとしよう。そうするとこの時間帯の俺はどこにいる?  言わずとも昨日はベットで寝ていたのだ。それとも入れ替わっているのか? さっきまで居た時間に朝寝ていた俺がいて……って、そんなことは確かめようも無い。  夢という線も同じような感じで思考が行き詰まってしまう。  ――十分ほどだろうか、そんな同じ事をエンドレスループで思考に込み入っていた自分の頭はスペック不足か。それとも世界が狂っているのか。どちらにしろ今ここで立っていても意味がない。しかし行くところも思い当たらない。こんな暗い時間から――  ふと学校を思い浮かべて思いついた。朝に得体の知れない誰かから貰った手紙。あれはこの事件に大いに関係しているのではないだろうか。もし今日の朝に置いていったのであらばまだ学校にはない筈だ。夢だったかどうかも確かめられるし、いい機会だ。暗い我が高校へ行く事にした。  家から学校の距離は遠からず近からず。歩いて四十分程度。バスに乗れば二十分程度でつくが、この時間に始発は通っているわけないだろう。都内の中では田舎に部類される場所にあるので、怪しい者として通報される事もない、はずだ。  走ったりすることもなく、肌寒い夜道を行く。  太陽が完全に地上へ這い出したあたりで学校に着いた。  しかし、よくよく考えてみれば宿直の先生にばれる可能性があったりもするわけなのである。たしかピロティーの内には某セキュリティーメーカーのロゴが張ってあったのを思い出す。  様子を見ながら、やばそうだったら潔く諦めよう。無闇に通報されたくはない。  ――はて、しかし朝学校にいた時、というよりこれからの世界ではだれからも注意を受けなかった。もし宿直の先生なり、セキュリティー会社の人なりに捕まっていれば何かしらのことは言われるはずだ。だからといって堂々と入るわけにはいかないが。  こんな非現実的なことを考えるのはなれるものではないだろう。そりゃあ前例が無ければそう考えることもできず、思考が止まるのも仕方が無い。それでもその手の物語はあり、それを参考にしようとするとそれはそれでその本人になんらかの能力があったり、周りに居る奴らが異能やら仕掛け人やらとなるもんだ。しかし俺にそんな心当りもあるはずがなく、果て無き考えをそこら辺に捨てて、学校の門の前に立つ。夜の学校とは昼の学校のイメージと違うものだ、と決まり文句を心の中に呟き、これからやることは軽犯罪だ。と、覚悟を決めて門によじ登る。  何事もなくよじ登り終え、足音を殺して着地しようとするが、制服が施錠のための鎖にあたり、ちゃらん、と。びくっと驚き、辺りに気を引くが――さすがにこの時間。誰もいない。  半ば、なぜか緊張と愉楽の入り混じった面持ちで学校への侵入をする。ちょっとしたスネーク気分で楽しんでしまっているのだろうか。  木に身を隠しながら少しずつピロティーへ近づいていく。もちろん正面玄関からの進入になってしまう。自分の下駄箱があるところはそこだけだ。見を隠すようにそして、恐る恐るピロティーを見る。そこに人影があった。  やばい!と思いすぐに身を隠す。緊張がピークに達する。宿直の見回りだろうか、その割には小柄だったような気がする。先生なのだろうか。  再び様子を恐る恐る見る。視力両眼で1.8が伊達ではない事を証明する。この学校の制服だろうか。女子生徒のようだ。  俺と同じ現象に遭った人がいたのか? なにやら下駄箱を確認している。それとも差出人だろうか。なにが悲しくてこんな時間に――。  目をこらしていくと、その姿は鮮明いになっていき、それは……見慣れた姿の人だ――、  なんということだろうか……宇津木陽菜がそこにいた。  現在時刻を確認する。六時四十分。もうそろそろ帰らなくてはやばい時間だ。しかし陽菜の家はここから歩いて一時間以上、電車に乗って三駅辺りだったはずだ。しかしかばんを持ってる気配はない。  どうしたものか、目を凝らしてしっかりと見る。見間違いではない。いつも後ろの席にいる陽菜だ。そして立ってる位置は大体俺の下駄箱の真ん前。ちなみに陽菜の下駄箱は確か裏側だったので自分の下駄箱を調べているという事はないだろう。  やはり陽菜のいたずらなのだろうか。  やがて陽菜がこちらへ戻ってくる。やばい。さっきから緊張しっぱなしだ。とりあえず物陰に隠れていよう、と、体育倉庫の壁に張り付くように隠れる。様子を見るわけにはいかない。まさか陽菜も見られているとは思わないだろう。いや、それとも見られることを見越してこんな時間に来たのだろうか。さっぱり分からない。訳がわからない。  足音がしてきて、陽菜が通り過ぎていくのが分かる。そして陽菜の後姿が見える位置になった。緊張が高まる。  と、突然頭痛がした。いや、もうすでにしていたのかもしれない。緊張で分からなかっただけだったのかもしれない。あれだ、朝の授業の頭痛、奇怪現象の予行。ふと思い、携帯をポケットから取り出す。折りたたみの状態で、サブディスプレイを見る。六時五五分。学校で倒れた時間から二時間前だ。もうすでにサーバーに問い合わせ、時刻合わせは自動に設定してあった。  そして陽菜の様子を見て、ばれていないかと確認すると、携帯を仕舞おうとした。――しかし、すでに体が動かなかった。やばい、このまま倒れれば陽菜に気付かれる。いや、このまま気が付かれた方がいいだろう。  膝が地面についた。あまり感覚はない。ただ、立ちくらみがずっと続くような感覚に襲われるだけ。携帯が地面に落ちた、ということが認識できる。そして、完全に体が倒れる。  陽菜が気付いたようだ。声に助けてくれ、と出そうとするが、……出ない。しかし目の前にいる陽菜の様子がおかしい。目の前に近づいてくる。普通であったら手を貸すなりなんなりしてくれるはずなんだが、倒れている俺を前にして何も声をかけない。朦朧とした頭で何事かと考える。ただでさえスペックの足らない頭だというのに、今日はフル活動しまくっている。  見上げればスカートの中身が見えそうな距離だったが。頭を上げるほど力も出ないし、見る気もない。しかし、俺を助ける事もなく、なぜか、俺が落とした携帯を拾う。  なぜ助けない。なぜだ。これは夢なのか? なんだ。なにが起こっている。陽菜は知っているのか?  疑問より不安が打ち勝ってる。そして――    意識が暗闇に引き込まれそうになる。最後に見た陽菜の顔は。嘲笑うかのような、微笑だった。    最後に見たものは幻だったのだろうか。俺の知っている陽菜は人が倒れるところを見て笑うような奴じゃない。  と、朦朧とした意識の中を漂ってる自分に気付き、意識を取り戻そうと足掻く。もちろん意識が戻らないという事もなく、天井が見えた。  最初に見た光景は天井に映った蛍光灯。見知らぬ、天井。といったところだろうか。空間認識能力をフルに回転させ、辺りを見回す。蛍光灯以外にも日差しが来るようで、三方がカーテンに塞がれて柔和した太陽の光がある。外の風景は見えないが、この場所は分かった。保健室だ。  さらに、またしても今まで寝ていたような感覚はない。  頭を回転させ、なにが起こったか思い出してみる。朝から慌しく、頭がパンクしてしまうのではないかと思うのだが、意外と驚いたりしない。というより現実味がない、と言ったほうが的確であろう。  そして、回想してみる。  さきほどは朝七時辺りに陽菜に微笑をふっかけられながら意識を失った。陽菜は全てを知っているのだろうかという疑問はこの際どうでもいいということにしておこう。なんの為に学校へを来ていたのだろうか、ということもだ。数々の疑問に押しつぶされそうになるのだが。なぜか、それよりも陽菜が敵に廻るということに物凄い恐怖感があった。  とりあえず時刻を確認しようとする。太陽が照っているのだから早朝やら夜やらということはないだろう。それに学校の保健室だ。  現時点で人の気配も見えている壁にも時計はなさそうなので、制服のズボンから携帯を取り出そうとして、思い出す。気を失う寸前、陽菜に取られてその後どうなったのか、と。普通ならあのまま返したりするものだが、陽菜はあたかも自分の持ち物だというように拾ってそれを見ていた。  ポケットの中に手を突っ込む。が、やはり無い。  念のため胸ポケットやサイドポケットも探してみるが、ない。もちろんだが、陽菜に取られるまでや、学校に登校したときはあった。それは確信をもって言える。  決して見られて困るものや、消されて困るものはあるわけではないが、悪用されるのは困る。悪用するために取ったのとは違うだろうが。しかしなぜ取る必要があるのだろうか。それにこれでアレが夢ではないことが証明された。証明されて、愕然とした。俺は完全に非現実ワールドい巻き込まれてしまっている。  周りに人の気配が無いのを確認してベットから離れる。隠れる必要も無いが念のためだ。  カーテンで仕切られているベットとベットの間に時計があり、隣のベットには誰もいない。保険室内にも誰もいないようであった。さっそく、時計を見てみると十一時、二分前頃だろうか。  先ほど気を失ってから四時間。授業のときに気を失っているのであれば二時間眠っていることになる。どちらも共通して偶数時、五五分頃に気を失っている。単なる偶然だろうか、それとも何らかのからくりなのか。  恐らく後者であろう。なにかしらのきっかけでもあるに相違ない。  次の授業が始まるまで三十分はあるので授業へ向かう事にした。  他のクラスルームの目の前を歩いているのはなんだかサボってるような気分だなーと、能天気なことを抜かしてみる。良くこんな状況下で冷静でいられるものだ。陽菜が聞いたら真逆の反応をしそうだが。  いや、これは誰かのドッキリだろうか。  こんな状況に陥るのは何パーセントほどだろうか。きっと天文学的なゼロという数字がならんでいるであろう。いや、もうゼロといっても差し支えは無いのかもしれない。どちらにしろ、ドッキリにしては出来すぎているようにしか思えない。なぜ、こんな目にあっているのか、と考えてもいつも分からないで思考が止まってしまうし、そりゃあこんな状況下で分かると、手をあげる者は早々いないものであろう。EMP能力に発現してもいないし、第一そんな学校の存在など皆無であろうに。  しかしあろうことか俺はこんな状況に置かれているのだ。ほんと、うんざりだな。  そんなこんなで、思考が落ち着くこともなく教室へ到達する。現在時刻は十一時過ぎ。三時間目の中盤辺りだ。確か三時間目は数学だったような気がする。ロッカーに教科書を取りに行く。俺はロッカーに教科書を装備させており、友達に移してもらうことが出来ない宿題や、テスト前でもない限り持ち帰ることはあったためしがない。  教科書を取り出している途中、数学だったらそのまんまばっくれればよかったなという思考に行き当たるが、実行するわけにもいかず、授業に出ることにした。  後ろの扉からノックして入る。 「おお、どうしたんだ? 遅刻か?」  と初老の数学の教師、  少し考えて、 「いえ、保健室に行ってて」  とドアを閉めつつ問いに返答する。 「なんだ? 調子悪いのか?」  っと、どうしよう。世界がおかしくなったとは言えまい。何か言い逃れは―― 「あ、貧血です、一時間目に倒れて――」  そこで言葉に詰まった。倒れて運ばれ、どうして二時間も寝ていたのか、 「そうか、じゃあ出席扱いでいいなー」  と言いながら先生はクラス名簿やらに書き込みを入れる。細かいところを気にしない先生であったことに感謝する。  机に戻る途中、陽菜に目が合い、しかしすぐに陽菜の視線は前を向く。普通の動作だが――なんだろう、なにか引っ掛かるような違和感はあった。  授業中なので申し訳なさそうな動作で自分の席に着く。 「もうだいじょうぶ?」  と、後ろから声が掛かる、振りむかずに、ああ、とだけ応える。昼休みにいろいろと陽菜に聞き出そうか。    数学はいつも寝る時間として活用しているのだが、今回は睡魔が襲ってこなかった。保健室で寝ていたからだろうか、さっきまで学校と家を行き来していたなんて思えないほど疲労が吹っ飛んでいる。それともさっきのは夢であったのか。いや、携帯がなくなっている。それはありえないであろう。ではなにか?  また同じような思考の回転に突入しようとしていた。いくえどもに考えようと思いつくことも無く、まるで精神を削り取るようにただ無駄な脳の回転をしてしまうだけであった。  精神的疲労がもうピークに達しようとしている。もう考えるのはやめた。あとで陽菜に情報を吐かせて相談しよう。そうしよう。      いつのまにか寝ていたようだ。ちょうどチャイムが鳴り終わっており、休み時間だろうか、黒板の上に掛かっている時計を見ると十二時三十分。もう四時間目の授業が終ってしまった。一時間も寝てしまったことになるか、よく寝るなぁ。  そして後ろの席の陽菜を見る。 「すこし話したい事があるんだが、昼休みいいか?」  と、さっそく陽菜に尋問するべく、割と真剣に陽菜に向かう。しかし―― 「どうしたの? いやに真面目な顔して、告白?」 「違う、馬鹿か。今日は弁当か?」 「違うよ、話し掛けたせいで時間ロスしちゃったから――」  と、壁に掛かっている時計を見ながら、 「――カフェテリアは並ぶし、購買かな?」  そう――。この学校に来てまず思うことはまず一つ、カフェテリアの厨房は絶対人手不足だ、ということだ。カフェテリアの席の数に対して人員が決定的に少ないということなのだが、カフェテリアが開始されると同時に購買も閉鎖になったのだがあまりにも効率が低いため生徒会で購買を縮小開店させることになったようである。  なにがともあれ一緒に弁当を食べるのは不本意だが、陽菜も購買組のようで先にカフェテリアの席を先にとっておいてもらい、俺が購買に買いに行く事にした。というのも相談費だとかいって強制的に奢らされただけだが。    陽菜のご要望はカスタードクリームパン、メロンパン、チョココロネ。俺ってものすごい痛い人に思われるんじゃないかね、いろんな意味で。  自分用に焼きそばパンとカツサンドとレタスサンドも加え、レジに並びながら考える。――本当にあれは陽菜だったのか? 今現在陽菜はなんも変哲もなく登校してきて接している。なにごともなかったようにだ。別段変わった様子はないし、陽菜自身もなにも言ってこない。なにがあろうが今から吐かせてやるが。  レジで会計を済ませると陽菜が手を振って席の場所を示していた。小走りで机へと向かう。 「今日の朝6時から7時ごろまでなにかしていたか?」  直球で聞くことにした。 「んん? 何かな? 人のプライバシーを聞き出すなんて遠回しに同居のお誘い?」  このざま。 「違う、どうしたらそう繋がる。割と真剣に聞いてるんだが」 「そうなの? どうしたの? 朝から様子おかしいしね、一時間目には倒れるは、二時間目も三時間目も見に行ったのに起きなかったしね」  そうやって笑いながら言う。これがいつもと同じ日常かというように。いや、そのとおりなんだが。 「ああ、どうもおかしいな。俺はお前が思っているより酷くおかしい目に遭ってるんだ、笑い事じゃないほど」  半分苦笑で、珍しく真剣な口調で言ったのが通じたのか、獲物を前にした猫が自分なりの行儀正しさをアピールしているような目つきをした。 「詳細詳細!」  楽しそうに聞いてきやがる、俺も困ったように手をあげながら、 「とりあえず七時代になにをしていたか言ってくれ」 「んむ〜と、……ずっと寝てたと思うよ、深夜イベント無かったし、昨日のアニメの最終終了時間は3時ごろだったから。でもなんで?」  本当だろうか、 「ああ、信じるか分からないから直球で言うぞ。さっき倒れた原因は脳震盪とか貧血じゃない不自然な頭痛だったんだ。それで起きたら自分の部屋にいた」  やや間を空けてから、 「……は?」  頭がおかしくなったのかと顔をのぞいておでこに手を当ててくる陽菜をよけつつ反応する。 「は? と言われても、んでその部屋に居たときの時刻が今日の朝五時ごろ。それでやることも無いから学校へ行ったんだよ、そしたらお前がいて―ー」  ある程度の情報をすべて話す。 「――はぁ……。つまり時間遡行っていうやつ? というか頭大丈夫?」 「信じてるか信じていないか分かりづらい反応は止めろ」  少し考えてから陽菜は、 「まあ信じるにゃあ信じるけど――なにか証拠みたいのがあればね」  ――証拠なんてあっただろうか。――いや、あった。 「ああ、今お前携帯持ってないか?」 「持ってるよ」  と言いながら自前の携帯を取り出した、 「あ、いや、俺の。お前が朝に取っていったんだよ」 「どういうこと?」  どうやら全て陽菜に言わなくてはならないようだ。  思い出すだけでも鬱になりそうな話を最初から最後まで話すしかないか。  ――そして言い終えた今。相槌を打ったり質問したりと、信じているかは定かではないが、話はしっかりと聞いてくれた。 「つまり私が前の席の人が倒れるのをヤンデレがごとく見守って携帯を盗んだ、と」 「つまりはそういうことだな、一部軽く無視するが」  ちなみに手紙の事に関しては伏せておいた。もし陽菜が差出人であれば言わずとも分かっている筈だし、なにしろある一線の可能性も捨てきれないこともあるからだ。 「ということはなんだ? お前は朝、何もしていないと?」 「うん、とりあえず私が知覚している限りでは」  と、さらなる懸案を招く事態が起こる。 「やっぱりギャルゲ主人公になりたいが故に見た夢なんじゃない?」 「んなわけねーだろ」  それはさっきから考えていた事だ、しかしどう考えてみても夢じゃないからお前に言い出したんだ。 「そうだ、前の席の人の携帯にかけてみる?」  と、陽菜は指を天井に向けて提案してきた。 「ああ、頼む」  ――結果は繋がらない。だけならいいものの、電源が入っていないか電波がどーたらとかいう旨を録音された女性アナウンサーが伝えてきた。 「これはどういうことだ?」 「さあ、……なんでだろうね、この周辺で電波が届かないところなんてないよね」 「ああ、充電も昨日の夜したばかりだし、無くなったとは思えないな。やっぱお前が電源切ったんじゃねえか」  一番有力なこの説を説く。 「私に夢遊病なんて植え付けられた覚えないんだけど」 「……しかしお前という手がかりが失われた今、何も手がかりがなくなったってことだよな」  悩ましいことだ、非現実に巻き込まれるだけならず、解決の糸口すらつかめないとは。なんだかな。 「もしかしてパラレルワールドじゃない?」  陽菜がはっ、と気が付いたように言った。 「は?」 「だから、前の席の人が一時間目に倒れて向かったのは異次元なんじゃない?」  なにを言い出す、この人は。 「さらに非現実度が上がったような気がするが」 「もともと非現実的な事態に遭ってるんだから今ごろ文句いえるもんじゃないでしょ。それにそっちのほうが辻褄合うんだよ」  着いていける話題じゃない。と思い、話を逸らす、 「それよりよく信じれるな、こんなこと」 「……なんか今の発言でものすごいやる気なくしたんだけど」 「そりゃすまん、で、なんで信じてくれるんか」 「そりゃあ私を楽しませるために何かしらの企画を立ててくれたとも思ったけど、まさか一時間目に倒れたのを演技とは思えないし、さすがにそんなこと企画するほどやる気がある人とは思えないし、ね。もうひとつ理由はあるんだけど」 「なんだ? もうひとつって」 「まあ全てが終った時に分かることだよ」  こいつはどこまで知ってるのか? 妙な胸騒ぎがする。 「……それはどれほど説得しても吐かないことなのか?」 「大丈夫だよ、この事件が本当か、っていうことが分かる証拠だけ知ってるだけだから、この事件を知ったのも今だし。本当に私は何も知らないよ」 「……そうか、信じるが、全てが終ったときに全て教えてくれよ」  なにか気になることが胸中に残るという事は気持ちのいいものではない。 「前の席の人もちゃんと終ったら全てを教えてねっ」 「ああ、分かってるよ。終ればの話だがな」  本当に終るのだろうか、奇怪なことがあってそのまま未解決から逃れる事が出来るのは物語のなかだけではないのだろうか。それが懸案だ。 「で、さっきの話だが、パラレルワールドってなんだ? 一気に跳躍したような気がするんだが」 「まあ簡単に言えば異世界跳躍だね、異世界の私は全て知っていて元々その異世界では時間軸がこの世界と四時間ほどマイナス方向にずれてて何らかの因果によって行き来しちゃったんじゃない? まあそれにもいくつか疑問が残るけど」  なんとなく分かる、つまり異世界をへ行ってそこの住人たちとふれあってた、ということだろう。 「ちょっとまて、それじゃああの世界の俺はどうなってる?」 「それは二通りパターンがあると思うよ」 「なんだ?」 「借用移動か、直接移動」  意味が判らない。 「つまり向こうの世界に移動する際体ごと移動するか、記憶だけ移動するかっていうことだよ」  ……ああ、つまり身体ごと入れ替わるか、記憶だけが入れ替わるか、ということだな。しかし根本的な疑問は変わりない。 「つまり借用移動の場合は向こうの俺はずっと寝てたってことか?」 「少なくとも保健室に連れて行かれるまでと休み時間は起きてなかったよ、まあこれは携帯が無くなってるから違うと思うんだけど」 「いや、でも一時間目にデジャヴを感じたんだが。これは借用っていう線もありえないことはないと思うんだが」  ますます分からなくなっていく。陽菜も少し黙り込んでから、 「………………話ややこしくしないでよ!」 「いや、逆切れされても困るんだが。俺も意味判らん」  ほんと、考えるのも鬱になってくる。これで解決してくれれば反動でかなりすっきりしそうだが。 「で、直接移動っていう場合は片方だけが向こうの世界に干渉したっていう可能性もあるんだよな」 「そゆこと。そうすると向こうの世界の私が携帯取ったていうのが不可解だけど」  どんな仮定を立てても潰されていく。憂鬱だなぁ。  とかなんとか議論ていたが、答えは見当たるはずもなく、予鈴が鳴った。 「十二時五十分か、このままいくと五分後にはまた何かしらのアクションがあるかもしれないな」 「どう? 頭痛とかするの?」  心配そうに聞いてくる。 「今のところは何も、頭痛が始まった時刻は五五分ぴったりくらいだからな、まだ五分ほど時間がかかると思う」  なんだか病気が発症することが避けられない患者みたいだな。 「じゃあまた倒れて運び込むのも面倒だし保健室の前あたりに立っていよ?」 「そうだな、じゃ、倒れたらよろしく頼む」 「――妙な会話だけどまあもし別世界の雄二に入れ替わったら聞き出しておくよ」 「ああ、頼んだ」  あと少しでまたあの頭痛がやってくる。それまでの時間、考えることくらいはしておこう。  もし俺が遡行する世界がもしこの世界で単純に時間遡行だとしたらどうだろうか。そうすると陽菜までもが時間遡行したことになるのではないか? そう考えると陽菜の言うとおり異世界に渡ったというほうが可能性がありそうだ。しかし陽菜はそれはないと言っているのだが、妙に陽菜が秘密にしていることに帰結しそうだ。今いる陽菜は何かしらの情報を知っており、向うにいた陽菜はすべてを知っているような容姿であったように思える。では陽菜が時間遡行してくるとなると俺たちは何かしら解決することができ、それでいてあの時へやってきたのだろう。いや、ただ俺が言ったような行動を真似ただけかもしれない。  陽菜のことだ、何かしら過去を改変したがりそうだ。まあ改変した後の世界が俺たちで、それが故にあのような言動や行動を起こしたのかもしれない。そうなると何も解決していないということになるが……。  ホント、なにか手がかりでもあればな。あとは手紙くらいか。この事件と関連していないということはないであろう。時間はまだまだある。 「まだかな」  と、早く終われという意味での心境を打ち明けても何事かある訳もなく、ただ厄介者が、 「この状況を楽しむなんて、かなり適応してきたんだね、主人公に」 「楽しんでるんじゃない、倦怠に浸ってるんだよ」 「それじゃあ完璧に認定だね!」  笑顔で親指を天へ突き立てる。 「なぜだ」 「普通なら好んで顔突っ込むところなんだよ、まあ内心は結構楽しんでるっていう」  例によって陽菜が俺をまたもや墓穴に落としやがった。  てなこんなでやりあっているうちに頭にノイズが掻ける。頭痛だ。 「もう時間だな、今回も移動するみたいだ」 「これを期にタイムマシンでも開発してノーベル賞でもスニーカー賞でも取れたらいいのにね」  頭痛が激しくなる。もう視界が掠れてきた 「……後者は意味わからんが、なんとなく同意だ」  痛みを抑えるため俯く。 「大丈夫?」  さも心配していなさそうに聞いてくる。 「だ――」  ――いじょうぶじゃない、と言おうとするが声がでない。額が湿る  がくんっ、と衝撃が来て膝が落ちる。陽菜に跪くようになるが、陽菜もしゃがみ俺の体を支えることだけが判った。  頭痛だけでなく全身にだるさが増していき、ほぼすべての感覚が消えうせるような感覚。  その後、意識は闇に落ちた。 3  なかなか体はもつものだな、と、どっかの意識から聞こえたような気がした。  闇の中に放り込まれた途端だ。いや、闇の中に入った時点で時間などの感覚はないから、なんだろう、不可思議な意識――自分以外の意識が自分の脳に入ってきたような感覚。自分の体が、いや、自分の精神がだれかにのっとられる感覚だ。  今までの意識を失うことはなかった。今回だけだ。いや、本当に無かったか? と問われれば答えかねるだろう。なにせ記憶に無い。偶然俺の思考にひっかることができたという程度だ。……自分でも何言ってるか判らんが、まあそんな感覚だ。  いやいや、それよりもだ。  頭の中でなにやら思考をまわしてるともう辺りの状況を認識できる程度になっていた。  ここはどこだろう。目の壁に芝生が敷き詰められていて、明るい。お昼ごろだろうか。場所は恐らく新教育棟の屋上であろう。そして、右側頭部にはなにやら暖かく、それも外気とはちがう暖かさで、そして柔らかい感触が伝わってくる。さらに視界は横に横転していた。そして自分は落ち着きがなかった。  とりあえず落ち着くことにする。今の全五感を足し算する。なぜだろう、なんかいい予感なのか悪い予感なのかわからないものが胸のなかでうずめいている。 「あ、お、起きた?」  と、少々上擦った声をかけてきたのは結衣。上だ。  そして、俺の無印ペンティアム級の頭で計算結果を示す。    ……伝説の膝枕?    まてまてまてまて、今の状況はなんだ。なにが起こっている? クラスメイトに膝枕? しかも人気が無い所で? 伝説?  ……頭の中が粘々と混乱していく。  とりあえず確認するため、恐る恐る顔を上に傾けてみる。と、結衣の顔があった。俺が下から見ている。目が合うと気恥ずかしそうに視線をそらす。これは……、  どのくらい時間が経っているのだろうか、たかが10秒かとも思うし10分くらいとも感じられるように時間の感覚が消えうせていた。  そして、固まってた時が動く。 「と、とと、とりあえず、起き上がって、ほしいんだけど」  名残惜しい。というのが本性。しかし抗うわけにもいかず、顔を持ち上げる。ホントに結衣に膝枕されていたようである。 「…………」 「…………」  これは両者の沈黙。  とても気まずい空気が流れる。聞かなくてはならないことはそれはもうたくさんあるのだが、なかなかこの空気を打ち破ることはできそうにない。そりゃあクラスメイトに膝枕なんてされたら何か考える前に頭がフリーズしてしまう。あれだ『タスクマネージャー[応答ないし]』。  自分の顔は大層赤く変色しているであろう。結衣までもが赤い顔をしているのだから。 「……えっと、お、起きた?」 「お、起きたというか……なんつーかは判らんが。……で、今はいつだ? そしてなぜお前がここにいる?」  結衣から話し掛けてきたが、まだ気まずい空気が流れている。あえてそのまま話題につっこまないのもそれはそれで恥辱プレイにも感じられるが、こんなときに言い合わせる台詞を俺は持ってなどいない。 「今は三時一五分くらいじゃないかしら、私だってさっぱりわかんないわよ、休み時間にここに来いって陽菜から意味のわからないメールが入ったから来てみたらあんたが倒れてたから、指示道理ここに来たんだけど」  いろいろ気になることはあるが、今の状況について考えてみる。単純に考えれば、さっきまでから二時間進んできた。――いや、違うかもしれない。異世界にいた二時間を眠っていたということなら異世界跳躍として辻褄が合う。それとも今度は別の世界か? もしかしたらこの世界では俺が結衣に膝枕されるような仲なのかもしれない。――いや、それもちがうな。となると――  つまりはこういうことだ。もともといた世界をAとし、対した異世界をBとして、俺はさっきまでBの世界にいた間も等しくAの世界でも気絶したまま時間を取っていた。つまりBの世界にいる間、Aの世界では気絶をしており、戻ってきた。  今回はそれの逆で、AかBでの世界の行動を記憶していない、もしくは寝ていたかだが、向こうの世界の俺が今度はこちらに来ていたということではないだろうか。  いやもう、さっぱりわからない。    ともあれ、聞いてみるのが一番である。 「どこまで知っている」 「その前にどこから来た前の席の人なのか教えて?」  確かに。ここは結衣のほうが正論だ。 「十一時五十五分頃に保健室の前で倒れて気が付いたらここにいた」 「てことはこっちの世界ね」 「じゃあやっぱ俺が行き来していたのは異世界とこの世界の間なのか?」  さっき俺が仮定したのと同じだ。 「しらないわよ、今だってこの話が本当か疑ってるのにどうやって説明するの?」 「ああ、すまん。で、俺の問いに答えてくれ、どこまで知ってる?」  と、結衣はポケットから携帯を取り出して、 「陽菜からメールがあったの、ついさっき」  言いながら、携帯を手渡してくる。 『今すぐに新教育塔屋上入り口に来て。  状況が把握できないとおもうからとりあえず落ち着いてそこに落ちてる者を屋上まで運んで寝かせといて』  受信された時間を見ると一四時十分とある。  俺が見終わり、結衣に手渡すと。携帯を操作して、 「それで、これが五分前くらいに来たメール」  と、携帯の画面を見ると、スクロールバーがかなり小さくなっている。画面十ページ程だろうか、  そこには今までの経緯がかなり詳細に明記されていて、――しかし特別自分が知らない情報はなかった。まるで自分が知ってることを書けばこんな文章になるだろうと言うほどにだ。  となると、この時間の陽菜もまだ何も解決していないのだろう。時間は……たしかに三時十二分とあった。  結衣はしばらく時間を空けて、 「で、どういうことなの? というかホントなの?」 「ああ、今俺が知ってる内容とさっぱりかわらないな。少しは進展してると思ったんだが」 「まあ一応信じるとして、なんでこんなことになってるの?」  ほんと、当然の疑問だ。俺が今一番知りたい情報でもある。 「さっぱり判らない、陽菜も未だに判らないみたいだな。それさえわかれば何かしらの糸口がつかめそうな気がするんだけど」  結衣はふーんとか、あごを手に置きながら明後日の方向を見て考え込んでいる。  もう一度結衣の携帯を見て思う。さすがに陽菜とて縦読みに何かしらに伏線を含んでいるまいかなと思い、見ると。『らがもこもい』……ないようだ。  あれ? そういえば、 「お前授業は?」 「え? あ、ああ、なんかこんな状況だし、行くわけにもいかなくって保健室に早退するって電話したから」 「ああ、すまんな」 「べつにいいのよ、厄介ごとに巻き込まれるのは陽菜で慣れてるし、なんか楽しそうだったし」  配役を変わってほしいものだ。 「んぁ? 俺はどうなってるんだ? 五限目と六時限目はしてた?」 「五時限目は授業に出てたけど、六時限目は陽菜と一緒にいなくなってたわよ。調子悪いとか言って」  どういうことだろう。異世界の俺が授業に出ていたというのか。それともただたんに時間遡行しただけなのだろうか。 「その俺、なんか変わってるところ無かったか?」 「ん?いつもどおりじゃれ付いてたわよ、陽菜と」 「そうか」  久しぶりの考えることに無意識に顔を強張らせ、思案顔になっていることが自分でもわかる。 「そういえば何で陽菜は一時から三時までの間のことについて詳しく書かなかったのかしら」 「やっぱ知られちゃいけないんじゃないのか、未来と過去が矛盾することになるぞ」 「陽菜がそんなことちゃんと考えるわけが無いような気がするんだが」  ――ああ、むしろあいつは事態を矛盾させたがるような奴だしな。 「とりあえず何かしらの行動を起こさないとかわらなさそうだな」 「あ、そうだ、忘れてた」と結衣はポケットから携帯を取りだして、「これ、あんたの携帯でしょ?落ちてたわよ、階段のところ」  といって、俺の携帯を渡してきた。 「ああ、ども」  受け取った携帯を見ると、確かに見慣れた自分のそろそろ買い替え時の携帯だ。無くしたらこの期に買い換えようと思っていたものだが。  携帯を開いて時刻をみると、三時二十一分。サーバーの方に問い合わせて時刻を揃えてしまったんだろう。アナログの時計があればいいんだが。 「ところで俺はどういう風に倒れてたんだ」 「んーと、屋上と四階の間の踊り場に仰向けになって倒れてたわよ。まるで階段から落ちたみたいに」  そういえば今日の三時にここに呼び出しをされていた。もう終わったことだろうし結衣にいっても何ら差し支えはあるまい。 「今日の三時に、誰かは分からないんだが、ここに呼び出されてたんだ。なんか知らんか?」 「知らないわよ、呼び出した人に階段から突き落とされたんじゃないの?」  なんて無礼な奴だろうと考え、やりそうな奴は頭に一人しか浮かんでこなかった。  そして、落ちたなら何かしらの傷でもあるかと思い、右肩に変な違和感を覚えた。しかし、それはただ倒れたときにぶつけただけだろうと思う。 「まあ、そう考えるのが妥当かもしれないが、もともと時空移動時にひどい頭痛で倒れるからそのせいじゃないかとも思う。きっとこの事件に何らかの関係がある人が呼び出したとしか思えないし」 「でも誰に呼び出されたか分からないのよね。それで私が二時五五分頃にここに着いたとして、何でここに人がいなかったの?」  結衣は首を微かに傾げ、かつ挑むように睨み付ける。器用なやつだ。 「それは今の俺には分からない、もしかしたら陽菜かなんかがここで落ち合うように仕向けたんじゃないかとも思うし、ただ単に何かしらの用事があってここに呼び出したのかもしれないし、俺だけが奇怪な行動に出たのかもしれないし」 「まあ後者はないと思うけどね。それにもし別の用事だったら放課後に呼べばいいことじゃない」 「確かに。盲点だったな。これで事件に関係していることはほぼ確定だな」  何か手がかりはないのだろうか。なんとなくポケットの中を探ると携帯以外に紙切れが入っていた。今朝方もらった手紙だ。結衣の携帯の陽菜からのメールにはここに来た経緯が書かれていなかったから、きっとこのことは知らないはずだ。 「これに見覚えあったりしないか?」  下駄箱に入っていた手紙を見せる。 「なにこれ、挑戦状?」 「こんなときにそんなもん見せるか。さっき言った手紙だ、このせいでここで倒れることになったのかもしれん」 「ふーん」  結衣が手紙の内容をみると、 「見覚えないはね、とりあえず私の字じゃあないと思うけど」 「そうか」  手紙の入手経緯について結衣に教えることにした。  言い終わると結衣は言う、 「ってことは陽菜はこのこと知らないのかしら」 「いや、そうなると陽菜はさっき階段で倒れてたってこと知らないんじゃないか?」 「……どういうことなのよ、八方ふさがりじゃない」 「まったくだ」  二人で方を竦めるジェスチャー。本当にややこしい限りだ。何かしらのヒントでもあればいいんだが。  と、考えていても何か答えが見つかるということもなく、七時限目の授業が終わる十分前というところになってしまった。話し合ってたというより、結論は出ないという結論が出て、ほとんど世間話をしていたため、出る結論も出なかったのかもだけなのかもしれない。  さすがにホームルームくらいは出ようという話になり、鞄を取りに行くついでに陽菜の安否の確認とホームルームに出る。  丁度七時限目が終わったらしい教室に入ると、そこにはやはり陽菜は居らず、空の席が残っていた。しかしバックはあり、妙な光景かとは見られるが先生にはなにかしらの理由をつけて逃れているのであろう。  担任が毎度お馴染みの文句を言い捨ててる間、俺はずっと思考をその事項に傾けていた。  大体、なぜこんことになってしまったのか。  分からない。何も悪さをしていないし、善さもしていないだろう。これは断言できる。さらに決して特別な存在でもなく、かつて何かに巻き込まれたことも無かった。確かに陽菜が言うには事件に巻き込まれる主人公っぽい性格、とはいっているものの、根本的なつながりはさっぱり無い。確かに陽菜ならこうなることを望んでいたのかもしれないが、それが実現するとなるとあまりにもそれはおかしすぎる。陽菜に某神様的能力が備わっているかなんて問題にすらならない。しかし現に非現実的な事柄がおきているとなると、選択肢には常に非現実的ななにかが付きまとってしまうものなのだ。それは換えられない事実でもある。  そんなことは分かりきっているといえば分かりきってるが、原因はなにかしらほしい物だ。それが実にくだらないとしても、この事件に関してのもやもやもやが晴れればそれでいい。  気づくとチャイムが鳴っていた。ずっと思案していたようである。 「どうしたの?ものすごい剣幕で考え事してたみたいだけど」  机に近寄ってきた結衣が言う。 「そうか?さっぱり事件の真相がわからなくてな」 「そうね、陽菜がいれば何かしらのヒントぐらい分かってそうなんだけどね」  こう肝心なときにあの女はどこかに消えやがる。 「まあな、琴音さんに聞いてみるか?」 「あの子なら便りになりそうね」 「――というわけなんですよ」 「えーと、それがその小説の話なんですか?」  と、本当のことを言わずに小説の話として話すことにしておく。さすがに突拍子のことを言っても信じてくれるは怪しいし、ただの怪しい人に思われるのもご免だ。琴音さんには悪いが、そういうことにしておいた。 「ええ、まあ、後編の解決編がなかなか発売しなくって」  なんとなく理屈には無理がある苦しい言い訳かもしれないが、何かいい案が思いつくわけでもないのでこう聞いた。 「はぁ――、えっと、ヒントはそれだけなんですか?」 「ええ、まあ。少ないですが」 「その、十三時時と十五時の間に何かあったかは分からないんですよね?」 「ええ、そこが明かされないところで解決していくので」  やはりそこの部分が落ちぬけていると難しいのかもしれない。 「とりあえず異世界に渡ってるっていう根拠はその遡行先のおかしさ以外はないのですよね、だったらただの時間遡行ということも考えられるのではないでしょうか?決してその遡行先の人が騙している、という可能性も無くは無いので、」  と、一旦思案顔のまま天井の方を向いて言葉を切る。 「あくまで私の予想なので、本当かは分かりませんが、きっと空白の時間に何かがあったんだと思います、恐らく何らかのきっかけを作ったんだと思うの。それに世界遡行の際は分からないけど、時間遡行の際は一度もその時間同士がかぶってないでしょ?そう考えればその時点で移動すると分かっているのなら手紙なり何なりで早朝の事件のことを操ることができるのではないのでしょうか。四時以前の行動もし時間遡行してないとは限りませんし、事件は5時の時点より前に起きているという可能性も存分にありますから」  聞いてくるように言うが、相変わらず俺は答えを知らない。何か返事をしようとして口を開けかけると、 「あ、あの、あくまで私の仮定なんで、すいません、なんか力になれなくて」  と、琴音さんは両手を胸の前で振って慌てたように言うが、そんなことはない。 「いえいえ、とってもいいヒントになったし、多分それが正解だと思いますよ」 「お役に立てれば光栄です、今度その本、貸してくださいね?」  しまった。 「あ、は、はい、分かりました」  思わず返事してしまったが、もちろんこんな出来事は現実の出来事であり、決して紙片に書き留めてあったものではない。しかし陽菜ならもしかしたら似たような作品を知っているかもしれない。この事件が終わったら聞いてみよう。――終わればの話だが……。 「――という訳で、今のところこの案が有力じゃないかと思うんだ」  と、琴音さんからの受けおりで聞いた話を結衣に話し終えた。現時刻は四時一〇分。陽菜を探すがてら校内を徘徊している。 「そうね、でも異世界っていうのも捨てきれないんじゃない?」 「ああ、そうだな。まあどちらにしろ三時に戻るか異世界に行くかしかわからなさそうだがな」 「そうね、陽菜がいれば解決するんだけど……どうしたのかしらね、こういうときに限っていないなんて」  結局、他教室や食堂、保健室など陽菜のいそうな所を探したが、見つからなかった。もちろん携帯にもかけてみたが誰にも掛からず、電波が届かないやらなになにやらを返された。 「どうしものかね」  必要な時にあいつは連絡が取れないというなんとも自分勝手なやつである。溜息をついてしまう。 「ほんと、てことは六時まで待たなくちゃいけないのかしらね」  結衣も溜息を零す。 「待つか?それとも未だ分からぬ手がかりを探しつづけるか」 「どっちでもいいけど私は何も無いような気がするのよ」  両手を軽く上げ、お手上げというようなジェスチャーをしながら結衣は言う。顔は呆れたような顔だが。 「俺もだ、素直に待っていたほうがいいような気がする」  と、俺もお手上げジェスチャーを返す。右も左も行けぬ、手詰まりだ。  やる事も見つからず、なら勉強しなさい、との結衣の御教授のお陰で学園付属図書館にて勉強するはめになってしまった。  たしかに一人で勉強するよりは幾分か捗るかもしれず、勉強をすることに。倒れた際に周囲の目から目立たないよう司書室兼図書委員のいるカウンターから離れた場所を利用することにした。  図書館に閉まるのは五時半で、俺が倒れてから三十分以内にこの教室から離れなくてはならない。 「すまんな、こんなことにつき合わせて」  妙な事件に巻き込んだ上、勉強まで教えてもらっているという不手節さは自己嫌悪とまでいかないが、かなり申し訳ない。 「別にいいのよ、割と好きでつきあってんだから、せっかくだし頼りにしなさい」  と、なにか小恥ずかしいことを言ってくれた。ほんとポジティブというか、頼りになる。 「ああ、頼りにするぞ」 「ええ」  俺の懸案も多少は薄れ、勉強に集中することにした。 「もうそろそろね」  結衣の声にびっくりして、顔を上げる。なんということだろう、勉強に集中していた。ありえん。 「何時くらいか?」 「五時五十分」 「もうそんなに経ってたのか」  以外だ、やはり教えてくれる相手がいると違うのか。 「かなり集中してるように見えたからね」 「お前のお陰だな」  あと五分。もうすぐだ。これで本当に何事かも完結するのだろうか。そんなことを思っていたのだが、その可能性は低いような気がする。陽菜がいないのには何かしらの理由があり、面倒くさいことになっている可能性大、だ。 「次はどの雄二が出てくるのかしらね」 「……俺は俺のままだといいが」 「まあ、まだ実際は遡行するかどうかも分からないのよね」 「そうだな」  適当に相槌を打つ 「…………」 「…………」  しばしの沈黙が続く。なにか話すことがあればいいのだが。と、なにか思い当たることを思案していると、軽く頭に立ちくらみが襲ってきた。――あの頭痛だ。  結衣が俺の歪んだ顔に気づいたのか、話し掛けてくる。 「頭痛?」 「ああ、今は何時だ?」 「え、えっと、四時、五五分くらい。どうすればいいの?」  アナログ時計にあせあせと目をやり、聞いてくる。 「倒れそうになったら支えてくれ――」  と、そこまで言って、もう口が動かないことに気づく。  頭痛は酷くなっていく一方で、体も少しずつ感覚がなくなっていった。  誰か別の人が見ていないか確かめようとしたがさっぱり操作が効かない。 「大丈夫、よ」  結衣が恐る恐る言ってくれることが微かに聞こえる。それだけだ。  何度も経験すればなれるものだと思っていたのが、絶対慣れそうに無い。  意識は薄れていき、――ついに闇に包まれた。    第  意識が戻っていく際になにか不気味な予感が過ぎった。そういえばさっきも同じような感覚に襲われたことを思い出す。  この自分とは思えない他人の意識のような感覚は時間遡行をする際の仕様になっているのだろうか。 「雄二、大丈夫?」  陽菜の声だ。トーンが低いような気がする。  声の出し方を忘れていたかのような時間を空け、返答する。 「ああ、どうにか」  視界が冴えるように調節してみる。  だんだん意識が鮮明になっていき、保健室の前だと判った。最後にここに着たのがもう一週間も前のように感じられる。  そして状況を見る。保健室の前に倒れている俺と、頭と肩を支えている陽菜。まるでアニメのワンシーンのようだ。普通はこの後『WaWaWa忘○物〜♪』とか言いながら保健室の入り口から誰かが出てくるところだが。まさかそんなこともある訳はなく、ただ居尽くした。 「え〜と、――」  聞きなれた声、陽菜のものだ。久しぶりに聞いたな、と思い、二時間しか経っていないんだなとも思う。 「こういうときは眼鏡の再構成を忘れたとか言っとくべきだよ」 「意味が分からん」  妙に緊張していた。これからやるべきことが分かっていたが、頭がこんがらがって結果が出てこなかったというべきか。  誰かに見られる前にここから退避するのが妥当だと感じ、陽菜から飛びのくがごとく起き上がる。  結衣で慣れたのか、割とすぐに行動できた。 「えーと、い、今はいつだ?」  今日このせりふを吐くのは何回目だろうか。 「今は昼休みが終わる少し前で一時五十八分くらいかな?」 「え?」 「え? じゃなくって、で、どこからきたの?」  どうやら取り乱してるのは俺だけのようだ。陽菜は真剣な目つきで俺を見つめている。  そして思い出す、いつからここにきたのかを 「ああ、今から四時間後で、六時か」 「じゃあここが何処だか分かる?」 「昼に倒れたところじゃないか?」 「残念ながら違うよ、ここは異世界。だからあなたは私の知ってる雄二じゃない」  なにを言ってるのだろうか、この人は。呆れながら思う。  しかしこの状況だ。こいつが異世界の陽菜でもありえないことは無い。 「は? じゃあお前は異世界の人なのか?」 「私から見ればあなたが異世界人。まあ正確に人とはいえないよ、対人類有機性ヒューマノイドインターフェイス。正式名所はこう、界録情報操作兼記録用アストロイドインターフェイス、対人類容姿可変式網膜投影機。事務的に名前を付けるとこんな感じ。私のことは陽菜でいいけど実際は媒介を持たない情報思念体の塊。今ここに見せているのはすべてアナログ的にあなたの網膜に情報を投影しているもの」  ――――なんだ?意味が分からない。ここにいる俺は異世界人でこいつは異世界の陽菜という存在でもなければ人間ですらない?ヒューマノイドインターフェイス? 意味が分からない。こいつもアニメの見すぎではないだろうか、いや、実際見すぎだ。これは陽菜のまたしもおふざけなのだろうか。いや、そうだろう。そうとしか思えない。 「細かいことはどうでもいい。お前がなんかしらんがそんなのってのは仮定とする。分かってないが分かったということにしとく。証拠かなんか見せてもらえれば信じる。なにか見せてくれ」 「今は上からすべてを規制させられてる。あまりあなたを触発しないようにと。でも、そんな急に改変しないのでもいいのであれば、このままこの世界を演じつづけることができるし、もし納得のできるように説明してほしいのであれば、情報量にして一・ニ年分かけて説明するよ、納得するまで。ただすべてを納得するとこの世界についてもう何も信じることができなくなるかもしれない。今まであなたを騙しつづけてきた世界が私たちだから。もちろんさっきまでの世界に戻ることもできるし、何事もなかったように記憶を改変してこの世界で騙しつづけていくことができる。ただそうすると向こうの世界に干渉しちゃうからかなり面倒くさいんだよ」  さっきから陽菜は饒舌に話してくる。まるで常識を語ってるかのように。これが陽菜の演技なのだとは思えない。この出来事は本物だろうか。頬をつまんで、あ、夢だった。なんて落ちにはなるわけも無いし、出来事にはある程度の限度ということもある。  いや、そんなことはどうでもいい。いずれどうでもよくなくなるが先に順序を経てて聞かなくてはならないことがある。 「さっきから意味が分からんこと聞いてくるが、何で俺が巻き込まれてるんだ」 「たまたま向こうの世界のイレギュラー因子が雄二という媒介を解して他世界に干渉してしまった。それだけだよ」  なんだこの気安さは。俺はこのせいでどんだけ懸案を抱えていたか分かってるのか。 「意味がわからねーよ、わかりやすく説明しろ」  陽菜は何かを考え込むように前置きをし、何かを言い出すと思ったら口を閉じて人間のように考えこんだ。いや、俺には人間にしか見えないが。そして陽菜は恐るべき破壊力を持って沈黙を打ち破った。 「……ごめん、うそ。まさかほんとに信じるとは思ってなかった。ほんと、ごめん」  は? 「……怒らないからいってごらん?……な?何処から何処までうそなんだ?」  今まで一時的でも信じていた俺はなんだったんだ。いくら非現実がありだからってこれは無いことぐらい分かっていたであろう。 「ここは多分昼に雄二が倒れた世界だと思う、その辺からなにもかも」  罰が悪そうに舌をちょこんと出しているが、容赦なくこめかみあたりにグリグリと双方から責める。 「…………」  理解に多少の時間を要した。つまりは、嘘、と。 「はあぁぁぁ――――――……」  あまりにも盛大な溜息に自分を感嘆したくなる位だった。今までの中でかなり有効的な溜息だったかもしれない。俺の脳の数少ない空きメモリに登録しておこう。  ――つまりそんなくだらないことまで考えるほど呆れた。 「お前な?――」  陽菜の顔を見ると再び溜息をつきそうになる。ほんとうに回りくどいことをする奴だ。 「――さらに懸案事項を抱えさせないでくれ、すでに俺の精神的疲労はピークに達してんだ」 「ごめんごめん、やっぱ前の席の人はいじるの楽しいから」  はあぁ――、今度はふざけないよう願いたいものだ。 「じゃあ聞こう、つまり俺が倒れた後の世界なんだよな?」 「分からないよ、向こうの世界でも同じようなことが起きてたかもしれないし」  まあ肯定と受け取る。 「……まあいい。お前何か企んでないか」 「なにも、昼休みに話したことと変わりないよ」  そうか、こいつにとっては昼休みはすぐさっきのことだろう 「こっちから聞くけど、向こうで――っていうかこれからって言うべきかな?何かあった?」  はて、手紙のことは今の階段で言うべきだろうか。いや、言ってしまうとなにか重大な矛盾を犯してしまうかもしれない。その手の知識にはそれほど疎くは無く、時間遡行系の本やゲームなどの話ではその矛盾によってかなりめんどくさくなるのがオチというものが多い。いや、疎くないという程度だし。第一、二次元と現実をごっちゃにするのは人間のごみになるのと道義だ。いや、なんかすまん。  しかしまあ何も言わないのもおかしな事で、せめて結衣に事をすべて話したことぐらいは言っておいたほうがいいだろう。 「ああ、結衣が協力関係になった」  FA○E?いいえ、ケフィアです……、じゃなくて、いろいろ情景が被ってたんで言ってみた。 「どういうこと?」 「向こうの時間のその場に結衣がいたんだ。それでその頃にはすでにお前からのメールですべて伝えられてたみたいだな」  目を瞑って陽菜は思案顔になる。 「つまり私から協力関係になってるってこと?」 「ああ、ついでに琴音さんにも事のすべてを話したら一番早く――って時間軸的には違うかもしれんが、相談したら時間移動の仮定を立ててくれた」 「それも私?」 「いや、結衣と相談して決めたことだ」 「ふーん」  陽菜が頷くと同時、チャイムがなった。 「授業始まるよ?」 「あ、そういや5時限目は授業に出てたっていってたな」 「じゃあその規定事項に逆らって矛盾を作ってみる?」 「事をややこしくしないでくれ、それと結衣にはまだこの時間帯では教えてないからな?」 「了解」  一段落つくと、教室に向かって歩き始めた。  何かが変わるということも無く相変わらず後ろの席で陽菜は眠っており、結衣や琴音さんも何事も無いように……いや、実際に何事も無いんだろうが、いつも道理の授業であった。  陽菜の居眠り癖はこの新学期になっても注意する教師陣は出てこず、なぜか良いとは言えないがそれなりの成績を保つ奇怪な生徒として受け入れられているようであった。  もしかしたら俺は授業をまじめに聞いているがさっぱり成績の上がらない根から落ちこぼれタイプとして受け入れられているのかもしれない。いや、ないと信じたいが。  そして、授業が終わると同時陽菜は俺を引っ張り廊下へと出て、こう言った。 「雄二が保健室前で倒れて起きたときどこにいた?」  やはりその問いがくるか。手紙のことを言うわけには行かないが、ここは正直に言うべきと判断した。 「新教育棟の屋上前の階段だが」 「ふむ、やっぱり」 「やっぱり?」  なんだ?宛でもあるのか? 「いやー、今は言うわけにはいかないけどまたこれもすぐに分かることだから気にしないでいいよ?」 「は?……いや、言ってもらわないと困る」  こんなに引きのある物語があったら俺は絶対買わないね、別段せっかちというつもりでもなかったが俺はいがいとせかしいのかもしれない。 「う〜ん、まあそれはスルーって方針で。ひとつ教えてほしいんだけど、前の席の人も私と同じくなにか秘密にしてることあるよね?」  昼休みの事を思い出す。そういえばそんなことを言っていた。しかし特に知らなくても大丈夫だと言っていたが。 「まあスルーは何を言っても寝返りしそうに無いし。ひとつな。それ以外は無いつもりだが」 「じゃあ聞くけど、向こうの時間帯私は何処にいた?」  さっきまでのことを思い出す。陽菜の姿が見当たらず結衣と一緒に探したのではなかったか? 「そういえば居なかったな。なんでしってるんだ?いいかげん吐いてくれ、もったいぶるのも程々にしてくれるとありがたいんだが?」  意識はしていなかったが、少し緊迫のある口調になってしまったと、後悔する。 「私が推測できたのはここまでだよ、今言えたことがすべて」 「……どういうことだ?」 「私にもまったく分からないんだよ、お手上げ状態」 「……そうか、すまん」 「いやいやいや、巻き込んでくれてることは十分うれしいよ」  親指を突き立てて元気満点の笑顔で答えてくる。ここまで事を笑って考えてくれる奴が傍に居ると安心する。能天気すぎるのはかなり困るが。 「そうだな、改めてよろしく頼むよ」 「今ごろだね、私に任せてくれれば万事解決だから!」 「――お前が関ることによってさらに事がややこしくなっていくような気がしてきたよ」 「いやぁ、耳が痛いよ」 「おい!」  サボることは決定事項のようなもので、意義もさっぱりなしに図書館へ向かった。  適当な机を選び陽菜と対面するように腰掛ける。 「結衣にメールが届いたんだよね?どういう内容だった?」  陽菜に言われ、結衣の元に届いた陽菜のメールを思い返す。しかし―― 「――あれ、覚えてない?」  たしかに見たはずだ。確か時刻は14時チョイすぎ、そこまでは覚えているのだが、内容まではニュアンス程度しか覚えていなかった。 「え?じゃあ今ここで考えろって?」 「ああ、そういうことになるんじゃないか?多分適当に文面起こして違ったら俺にも分かると思う。なんか短くて俺を新教から助けろとかなんとか……」 「――はぁ、前の席の人の頭の悪さには頭を抱えさせられるよ」 「お前にだけは言われたくなかったよ」  と言いながらも陽菜はさっそく携帯を出してそそくさと何やらを打ち始めた。 「こんなかんじじゃない?」 「早っ!」  まあなんとなくこんなスキルも持っているだろうなとは思っていたが。  陽菜から差し出された携帯を見る。そして驚いた。 「全く同じだ。たぶんこの文面だと思う」 「ほんとに?――時間遡行ってつくづく不思議に思うよ」 「同感だな、何かしらの定義でも定めてほしいぜ」  航時法定義書は何年前の書物だったか? 「そうだよね、過去によって未来が変わるのとか過去でどんなに暴れても未来が変わらないのとかいろんな説があるけど、この場合だとどちでもないよ」 「どういことだ?」 「そのまんまだよ、こうやってメールを書いていてもちゃんと同じ文面になってるのに、このメールによって未来が変わったって思うこともできる」  ニュアンス程度の理解はすることができた。  たしかに不思議なものだ。そりゃあいままで早々おきやしない事だ。不思議じゃないわけ無いだろう。 「アインシュタインもびっくりだね」 「……」  さあ……。 「それでこのあともう一通私が送るんだよね、何時くらい?」 「三時十分くらいだな、ちょうど俺が起きた五分前あたりだった」 「え?じゃあそのときには私はいたって事?」 「そうなるな、でも学校の何処を探してもいなかったよ」 「そうなんだ……じゃあたぶんどこかには居たんだよね、私」  陽菜は再び考え込むように手を顎にあてる。 「というかどうしたら消えるんだ?」 「まあ消えないだろうけどね、さっぱりわかんないや」  お前に解答を求めるなんてとうに諦めてるよ。 「そういえば何処で気を失ったの?」 「新校舎の図書館だが、なんでだ?」 「ん、いや、別に」  とはいえど今日の朝もらった謎だらけの手紙によれば、三時に指名した場所へ来いとのことであり、どう考えてもこの事件と係わりが無いということは――好意を抱いてくれる人を持ってない俺には無いと考えられる。  陽菜に手紙のことについて言ってない今は、どうにか言い訳をして抜けださなくてはならない。  結局呼び出したのは陽菜だった――ということも考えられるが、差出人がすぐ目の前にいるのにわざわざ呼び出す可能性も考えがたい。いや、考えてみれば早朝と同じくなにもかも知っている陽菜とも考えられるが、根拠も何も無いのにわざわざ仮定を試す必要性も無い。人間は目の前にあることだけをさくさくこなしていけばいいだろう。余計な仮定などいらない。行って何かあったらその時に考えればいいさ。  が、しかし。なかなか言い訳が見つからず言い出すことができなかった。一階のトイレに行って裏口から逃げ出すという手もあるが、それでは陽菜に悪いような気がするし、なにしろ後が怖い。もうここは直球で切り出してみるか。 「あ、あのさ、陽菜」  心なしか声が上擦っていた。 「なぁに?」 「俺、ちょっとこの後少しばかり用事があるんだが、……」  そこで言葉に詰まる。 「じゃあ少しばかり休憩にする?」  と、思わぬ口から言葉が出た。 「へ?」 「いや、へ?じゃなくて。休憩にしようって」  陽菜からその言葉が出るとは思わなかった。陽菜にも何かしら用事があるのだろうか。それとも待ち合わせの予約はやはり陽菜からだったのだろうか。ともあれこれぞと話には乗る。 「ああ、そうだな。三時前までには教室にもどるけど、もしそのときにいなかったらもう時間遡行したって考えてくれ」  うん、分かった。といって陽菜は自分の教室がある階段を上っていった。  きっと陽菜はなにかあると察してくれたんだろう。今回ばかりは感謝する勢いだ。  あとは俺も向かうだけ。現時刻は二時四五分。歩いても間に合う時間だ。陽菜と出くわさないように一階の渡り廊下から新教育棟へと行くことにした。    時刻は三時五十分。場所は新教育棟四階、階段前。俺が倒れていた踊り場の前であり、呼び出されていた場所でもある。  もし待ち合わせているのであれば、四階からさらに階段を上った屋上に通じるドアの手前であろう。  階段を登る。そして――  そこには先ほどまで一緒に居た陽菜が居た。  どういうことだろうか。さっき別れて陽菜は2階へ行った。しかしよく考えてみれば二階にも渡り廊下がある。しかしその行き方はかなりめんどくさい。旧校舎から西校舎――もしくは東だが――は二階と一階にしかない渡り廊下をつたり、その後西校舎の場合は一階のみ、東校舎の場合は一階と三階に新校舎への渡り廊下が通っている。――つまり相当の遠回りをしなくてはならないことになる。 「遅かったね」  屋上の扉の前に居る陽菜はその下の踊り場にいる俺を見下すように言う。 「やっぱお前か」  陽菜の表情は屋上へと開く窓からの西日――というにはまだ早いか――の逆光効果によりはっきりと見えない。しかし口調で分かる。これは楽しんでいる。 「私も前の席の人が来たのに驚いてるんだよ、なんとなく予想してたけど」  陽菜は何者なのだろうか、事に判らないという演技を続けながら全てを見透かすように気がしてくる。 「なんで呼びだした?用事はなんだ?」 「用事があるからだよ、こっちに来て」  陽菜は手を拱いている。まるで自分の家に帰って来いと促している親のように。  拒否する理由も無い、と思い、言われるがまま陽菜のほうへと階段を上がっていく。  階段を登り終え、陽菜と向き合う形になる。陽菜は俺に注目しており、俺も陽菜に向けば目が合うようになる。なんとなく気恥ずかしく、目をそらしていた。 「なんだ?」  俺が聞くと陽菜は懐から紙のようなものをを出す。 「これがね?朝、下駄箱に入ってたの。内容はちょっと……いや、かなり複雑な事。きっとこれが元凶でこういう風に雄二が時間移動をしちゃったんだと思う」  つまり誰かに呼び出されてここに来たということか。複雑な事ってのは少し気になるが、今気にすることではない。先に言うべきことがある。 「俺も朝手紙が下駄箱に入ってた、それにここに来いっていうことしか書いてなかったし。その手紙でここにきたんだが、お前じゃないのか?」 「え?違うよ、というかこっちも雄二が仕向けたんじゃなかったの?」 「俺は知らんが」  つまり俺たち以外の第三者が俺たちがここに来る様に仕向けたのだろうか。 「誰がやったんだ?」 「これから雄二がやるんじゃない?」 「は?なんでだ?」 「また時間遡行して」  ああ、なるほど。しかしなんのため? 「朝に見たお前の姿と関係あるんじゃないか?」  朝に見た陽菜は下駄箱の前にいた。そのときに手紙を入れていたのではないだろうか。 「そうかもしれないけど、どちらにしろ今はわからないよね」 「ああ、そうだな」  陽菜の言うとうりだ。たとえ陽菜が本当にそうだとしても今はそれを証明する材料が足りない。 「で、ここに呼び出した理由とかっていうのは何なんだ?」 「こっちが聞きたいよ」 「手紙になにか書いてあったんじゃないのか?」 「書いてあったことには書いてあったけど、参考になりそうなことは書いてなかったよ」 「さっき複雑なこととかなんとか言ってなかったか?」 「たしかに言ったけど今は言う必要はないことだよ」  断固として言わないつもりだろうか。まったく、 「なんか小さいことでもいいから教えてくれないか?」 「無理だよ」 「なんで――」  ――だ……と言おうとして……陽菜の顔がすこし低い位置にあると気づき、その意味を察する前に。足が虚空を踏み、体が前のめりになった。慌てて体制を立て直そうとするが。既に遅し。つまり  簡単に言えば、階段から落ちている。 「雄二!」  陽菜がいつの間にか下段に移動しており、俺はその陽菜に近づこうとして、踏み外した。なんて間抜けなことだ。  血の気が引いていく。陽菜も恐らく同じであろう。  自分の体が無重力状態になる。陽菜が驚いたように目を見開いて、手を伸ばしてきていたので、反射的にどちらからともなく手を取ってしまい、後悔した。  もちろんこの状況だ。手を取れば道連れになる。道理だ。そう思い、手を離そうとするが、陽菜からも握られていた。  一瞬のことであった。もちろん受身も道連れの状態じゃあとりづらく、頭から落ちることをどうにか回避することができるだけだ。  と、考えているうちに――いや、考えている暇もなかったのかもしれない、――右肩に強い衝撃を受けた。  目の前にいるはずの陽菜が消えていた。それがわかり、  そして、あの頭痛の無いまま、意識が暗黒へ引き込まれた。    何回目だろうか、また時間遡行なのだろうか。さっきまで何をしていたのだろうか。  などと、頭の中からふつふつと疑問が湧いてきた。  起きたら全てが解決しているなんて落ちがあったら良いのになと思う。こんなけったいなことに盛大な落ちよりも早々の落ちのほうを期待する俺は賢明なのか、それともせっかちなだけなのだろうか。  意識が戻った、と認識するのに約十秒かかり、さらに十秒後、自分のおかれている状況を認識することができた。  どうやら俺は図書館に居るようである。机に突っ伏していた。恐る恐る視界を上に上げると、目の前には結衣がいる。心配そうにこちらいやっている。  どうやらニ時間後まで時間遡行してきたようである。 「起きた?」 「ああ」  と答え、さっきまでの情景を思い出し、右肩に左手を当てた。なんともない。  そういえば階段の踊り場で倒れて、結衣に介抱されたときに右肩に違和感があったことを思い出す。あの違和感の正体はこれか。  さっきまで起こっていたことを思い出す。  陽菜は階段に俺を呼び出し、そこで俺が階段から落ちた。そして、右肩に衝撃がきて、次に左肩に陽菜が落ちてきた衝撃が来るはずだったのがなにもなく、それを見るとそこには誰も居ず、あっけらかんとしたのだ。  その後すぐに気を失ってしまったため確認することもできなかった。が、確認しようともあのときに陽菜が消えていたのはほぼ確定であろう。  陽菜が俺の手を握っていたぬくもりが突如として消えたのだから。あのままいけば某アニメのハプニングっぽくなっていたはずである。いや、望んでいたわけではないが。 「どこから来た?」  目の前の結衣が聞いてくる。 「ああ、えーっと今五時だとすれば二時間前からだ」 「へぇ……ってことは異世界遡行の案は潰れたのね」  確かに異世界との遡行を考えると今回は辻褄が合わなくなる。  そして、さっきまでの奇怪中の奇怪とも言えよう二時間について全て話した。  んで話し終わった今。 「階段に行ったときには、陽菜。さっぱり居なかったわよ?」  そこが俺にもわからないところでもある。 「でもそうなるとそのときの陽菜は何処にいったのかしら」 「俺と同じく時間移動やらなんやらをしたのかもしれないな」  陽菜までもが時間遡行するとなるとそれはかなりややこしいことになっているように思う。いや、すでにややこしいことは規定事項なのだが。 「でもそうよね、だから何処を探しても居なかったのかしら」 「いや、ちょっとまて、じゃあ三時過ぎに来たメールはどうなる。三時に異世界なり異時間に位相転移してるんだったらメールは来るはずじゃなかったんじゃないのか?」  「そうよね……。じゃあその後またこの時間帯に陽菜は戻って来たんじゃないの? そうすれば納得がいくわよ」  まあたしかにそうではあるとは言えるが、陽菜も同様そんな現象になってるとしたらどうなるのだろう。 「ものすごく面倒くさいことになってしまってるってことだよな」 「そうね。この時間帯に陽菜が居れば良いんだけれど」  そういえば五時になってからはまだ陽菜に連絡してないんじゃないか?もし俺と同じタイミングに転移してるのであればもしかしたらこの時間帯に戻ってきているということも考えられる。 「そうね、試してみましょうかしら」  と言って結衣はポケットから携帯電話を取り出して操作をする。――おい、図書館は携帯使用禁止じゃねーのか。 「廊下で堂々と使って先生に取り上げられるよりかはましでしょ?」 「いや、それもどうかと思うんだが……」  まあ仕方ないか。  ――結衣は携帯を手に取り少しの動作をして携帯を耳に当てた。待つとも言えぬ時間をとって結衣は反応した。 「あ、陽菜?」  お、どうやら通じたようである。今まで何をしていたのか……。 「え? 今? ……っていうかどこかわかってんの? …………全知全能って、なにがよ。……してないわよぉ! ……そう……え? ――」  ――ばたんっ! もちろんこの効果音は俺の心境効果でもないし、ましてや結衣の発した擬音でもない。 「やっほー!真打ち登場〜」  となどこかで聞いたことある台詞を振りまきながらご登場なさったのはどこぞの陽菜とやらであった。  ――いやあ、結衣の電話の内容を聞いてれば何となく推測はできたさ。 「あんたね〜、どこいってたのよっ」  と結衣、さすがにいきなりの登場に驚いていたがすぐに切り替え陽菜への尋問モードに入ったようだ。 「っていうか大声だすな」 「図書館で携帯使ってるヒトに言われると説得力ないね」  と言われ、結衣は慌てて携帯をポケットに突っ込む。 「とりあえず教えてくれない? どういう風になってるのか」 「ああ、さっきまで結構さがしてたんだぜ?」  いきなりのご登場に早くも聞きたくなることは山々なのだが、説教も忘れてはまた陽菜は同じことをやらかしかねない。 「まあ、それよりも聞きたいことあるんじゃないの?」  こうやってさっそく説教逃れをしようとする。――まあ今回は聞き出さなければいけないことがたくさんある故に後回しにしてもいいであろう。 「とりあえずお前はいままで何処で何してたんだ」 「まあ時間遡行とか色々としてきましたよ」  結衣と俺は沈黙する。――理由は明白だ。 『――は!?』  例のごとくお約束のようにはもる。  が、そんなこと考えている意味はない。いや、考えられていると言うことは割と想定内の範疇だったのかもしれない。 「ちょっと、なによ、あんたも時間遡行したってこと?」  結衣は動揺したようである。 「また話がややこしくなってるのか?」 「ややこしくなったけど、まあ順を追って説明するよ」 「最初に聞いておくが、それは解決してるのか」  俺は今一番気になってることを聞いた。いい返答は期待できないが、聞くだけ聞いてみる。 「えーとね」と前置きしてしばらく間を置いてから、「微妙かな。人によってはこれで解決したって思う人もいるし、意図的に今まであったことを否定しようとする人もいるよ」  前者はいい。単純に解決したということだ。しかし後者。――これは後味の良くない解決ということだ。陽菜のニュアンスだと解決しているには解決しているが、バットエンドのような、納得はできるが良い展開ではないということだ。  つまり俺に拒否権があることを遠まわしに伝えているように聞こえる。……つまり俺には現実逃避――いや、この場合は幻想逃避とでもいうのかもしれない。――するか、しないかを選べと言うことだ。  俺は現実逃避する気はさらさら無い。ここまで俺を悩ませといてそんなもの無かったので忘れてください――なんて言われてそう簡単に身を引けるほど手軽ではない。例えどれほど後味が悪いものだとしても俺はその現実を受け入れる自信がある。  だから今から言うことは保険だ。保険として陽菜に聞くことにした。 「お前はどっちだ? どう思っている?」 「私は前者だよ。これは一つの物語として成り立つものだよ」  これで俺は確信を得ることができた。これから全て陽菜に語ってもらおうと思う。 「まずね、物語は大まかに分けて二種類に分かれてると思うのさ。一つはコメディー。俗にいうTRUE ENDやHAPPY END、喜劇などと呼ばれる奴だね。最近の作品はほとんどがこれに分類されているよね。で、もう一つはトラジェディー。BAD ENDやDEAD END、悲劇って呼ばれるやつだね。フラグを間違えたりするとこのルートに出ちゃうよね」  いきなり何をいいだすのだろうか、この人は。  結衣も同じことを思ってるようで首をかしげている。 「でもね、それはあくまで物語。物語の中の世界の話なんだよ」  ……それは判る。現実は悲劇にしろ喜劇にしろ、そんな巧い話にならない。これは俺が子供の頃から思っていたことだ。 「じゃあ、物語の上に来る分類はなにかわかる? これもまた二つに分かれるよ」  俺は思いのままのことを言った。 「物語と――現実か?」 「……あれ、答えられないことを想定してたんだけど……」  思わず陽菜の困惑顔に笑ってしまった。 「それが現実だな」 「……まさにそうだね」 「じゃあちょっとまってよ、ノンフィクションとかはどうなの?」  昔、少しばかりませたガキだったころの記憶を思い出す。――関係ないが、子供の頃あれほどませて冷めたガキだったせいで今その反動のためこんなガキっぽい高校生になってしまったのかもしれない。 「物語イコール幻想ってのはちがうぞ、物語になる条件ってゆーのは話になるかと話にならないかの違いだと思うんだ」 「あーん、もうっ、役割取らないでよ!」  陽菜を華麗にスルーして話を続けた。 「ノンフィクションってーのはあれだ、何か異常なことや特殊なことがあったから書いてるんだ、もしそれが何の変哲も無い日常風景だったら特筆する意味が無いだろ」 「ああ、なるほどね、なんとなくわかったわ。でも何の関係があるの? 今の事件と」  俺も思う、この事件となにが関係しているのかと。 「でね、現実っていう物語はファンタジーでも有効になる場合があるんだよ。たとえば今怒ってる事件。これは傍からみて、当事者からでもファンタジーって判るよね、でもいくら魔法使いがいたって、いくら宇宙人がいたって、物語にはならない場合があるんだよ」  ……ファンタジーが物語じゃない? どういうことだ? 「最初に私はいったよね、話になるか、ならないかが現実と幻想の隔てだとするよ。じゃあ超能力者がいました、でもその能力を自覚することも、発現させることも無く超能力者はこの世を去っていきました。もしこれに次ぐ物語が無かったらそれはさっぱり話しにならないよね」  ……なるほど。  そうだな、ニュース番組で日常を取り上げたってしょうがない。どんな非日常の出来事でもそれが日常的に見えてしまえば、それは特殊でもなんでもなく普遍として捕らえられてしまうのだ。 「だからそれが何の関係があるのよ」 「じゃあね、今から私の経緯を話すよ。雄二にとっては先刻、階段から落ちてここに来たよね。そのとき私も一緒に落ちていたはずだけど、そのとき何か感じなかった?」 「お前が目の前から消えてたな」 「うん。多分何かの衝撃で時空移動をしたんだと思う。気が付いたら自分の部屋にいたんだよ、ほんと、いつの間に」  階段に落ちてお前を見失ったのは決して幻覚じゃなかったようだ。 「その時の時間が四時五五分位。制服で自分のポケットには携帯と朝、自分の下駄箱にあった手紙と雄二が持ってた手紙」 「え?あれ、何でお前が持ってるんだ?」  確かそれは俺が持っていたはずの手紙だ。思いポケットを探る。――無い。 「きっと都合がいいようになるために交換したんじゃないの?」  都合って……誰のだよ。 「さあ?世界の創造主とか?」 「まじめに聞いてるんだけど」  と結衣、 「あれ?まじめに答えたつもりなんだけど」  何を言うか。さっぱりまじめに聞こえない。 「まあそれは置いといて、雄二が言ってたように私は早朝にわざわざ学校まで出向いてその紙を私と雄二の下駄箱にほおりこんで雄二に会って笑って見送ったんだよ?」  これは俺も体験した朝のことだろう。 「ちょっとまて、じゃあお前はどうした。俺が倒れたときにお前は倒れなかったのか? 「うん。雄二の見たとおりだよ」  ……あの笑っていたすがたは規定事項をなぞっただけだったのか……。一人で考え込んでいた俺が馬鹿だった。 「じゃあその後はどうしたんだ」 「携帯を下駄箱にほおりこんで町をぶらぶらしてたよ。宝くじでなにか――」 「まて、なんだ?下駄箱に携帯をほおりこんだって――」 「ああ、私が貰った手紙には携帯電話を屋上に行ったら落とせって書いてあったから言うとおりに雄二と踊り場に行ったとき落としたんだよ」 「その手紙は結局誰が書いたの?」 「それがわかればこの事件の手を引いた人がわかるも同然だし、時間軸的には誰も書いてないことになってるんだよ」  誰も書いていない――というのはその手紙は時間軸をループしつづけているということだ。しかしそれでは―― 「じゃあその紙はループするごとに風化していくんじゃないか?」 「……そうだね。三つくらい仮定ができるよ。これは根本的な世界の概念にも関係するよ。それは私達は比較的新しい紙だったけど、もっと別の世界軸だったらものすごく古いやつだったかもしれないって言う有限世界説」  ここからは陽菜の言ったことを割愛させて説明しよう。  つまり有限な世界だ。手紙をループし続ける……というよりは異世界に渡りつづけるといったほうがいいだろう。もし異世界にいたらとても古い紙が届いたのかもしれない。しかしいつかは風化してなくなってしまう。これは避けられないことだ。つまり異世界が進むごとに矛盾が生じていくことになる。  次に考えられるのは単独世界説。文字通り世界は一直線で異世界どうしは決して干渉しあわない説だ。これはある意味一番有力かもしれない。つまり、手紙が時間軸を遡る際に元の時間軸にあった分子に戻るということだ。  最後に手紙の紙質が一生風化しないものという、これはこれで非現実的なものである。  現段階でいえることはさっぱり無い。しいて言うなれば膠着状態。ここは陽菜にといてもらわなければならないであろう。 「で、話は戻るけど、宝くじとかみたりして、なんかお金儲けする方法ないかなーとか見てたりした」 「……いや、そんなのどうでもいい、とにかくこの事件に関係している話だけしてくれ」 「でも不思議だよね。宝くじとかも、だってさ――」 『話を逸らすな!』  またも陽菜の外れたトークに流されかける俺と結衣だったが。いい加減始めてもらわないと困る。 「なによう、二人して。――それでね、ずーと暇をつぶしてたわけ、それでさっきここに来た」  ……それだけ? 「で、結論とやらはどうなのか?」 「それが結論だよ」  呆気らかん。何を言いやがる。  それは結論じゃなくて行動だ。 「だってそれが現実。現実が答えだよ」  意味が分からない。 「この現実からは答えを導き出すことはできないけど、答えに近い仮定ならいくらでも出すことができるよ」 「なんだ、行ってみろ」 「時間遡行っていうのは矛盾点だらけだよね。例えば原因と結果の関係がなくなる、とか。きっと事件って言うのは原因から始まって結果に終わるの。たとえば交通事故だってよそ見してたっていう原因があってこそ事故が起こったていうことになるでしょ?でもこの場合は違うの。原因と原因の関係。結果と結果の関係。時間遡行したから時間遡行した。手紙が下駄箱にはいってたから手紙が下駄箱に入ってた。全部そう。一生ループして結果は結果に、原因は原因にたどりつく。それが時間遡行だと思うんだよ」  俺は考えていた。  こじつけだ。俺はそう思いたかった。だが、否めない。陽菜が言うのは論理的帰結。なにも間違っていない、エンドレスループの世界。しかしそれは自分を一生思考ループの中に閉じ込める……原因の原因を求めるために原因を求める――と言うことになる。それを避けるには――現実逃避だけだ。 「そう。現実逃避こそ最良の打開策だよ、時間遡行をしたから時間遡行をした。じゃあ何で時間遡行をした?それは時間遡行をしたから、っていうループにずっと飲み込まれることになるんだよ」 「じゃあ、せめて、――」  と、言葉が途切れる。原因はなんだ? 手紙が下駄箱に入っていたせいか? なぜ俺は時間移動をしていたのか? だれにさせられていたのか? 俺はただ世界の辻褄をあわせるためだけに時間遡行してしまったのだろうか。 「――それが、答えだよ、結論じゃなくて。現実はいつでも悲惨な結果を呼ぶよ」  「それで、最初の話か。現実と物語っていう」 「そうだね。それでね多分これで終わりだと思うんだよね、時間遡行は」  時計を見る。すでに五時五十分頃になっている。  これでなにもなかったら本当に話にならない現実として終わってしまう。  今なら、非現実でも何でも来てしまえと言える。心の中で嘆いている。 「何でお前は納得することができるんだ?」 「あのね?最初に言ったとおり私はこれを物語だと思ってるんだよ。これはこれで物語る物語。ループ物語とでも名づけられる代物だよ」  そこで言葉を区切り、飛び切りの笑顔でこう言った。 「雄二といると、これはただの始まりだっ、て、思うんだよ」  それは、始まり。これから何があるかもさっぱり判らない世界。日常を続けられる可能性だって未知数だが、非現実的なことが起こる可能性だって、等しく未知数だ。  確かに、ここまで非現実的なことがあれば、仕向けてる奴だっていつかは姿を表すかもしれない。  ここから一気に展開が起こるなんて、現実でも、幻想でも、常識だ。  無縁だった非日常を現実としてみることなんてとても簡単なことなんだろうと思う。いや、そう思わなくては人生を損してしまうだろう。俺は、これからを楽しく生きようと思う。  時計を見ると、すでに六時五五分になっていた。    エンド・プロローグ  翌日。  ホントに色々あったせいか、昨日の記憶を振り返れば小学生時代に浸ってるような感覚になってしまうほど離れた存在になっていた。  相当の疲労のせいか、また目覚ましは役割を果たさず、二度寝の最中に親にたたき起こされたが、目覚めはいつもより新鮮に感じられることができた。  これもあの事件のお陰かとでも思いやら。  んで朝。  俺は昨日のこともとうに忘れはて、――    ――またもや非、日常に呆れる羽目になってしまった。  はぁ、俺は何を変態を誘き寄せる力があるのかぁ…?